お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

    “そういう季節 ”



解錠に5分以上掛かる戸締まりならば、
たいがいの空き巣は諦める…とか言いますが、
これが奴らには通用しません。
ほんの2、3分、
あ、コンロの火、止めて来たかなと
閉じかかったドアを押し開けてキッチンまで駆けてって。
コンロ前まで到着するまでもなく
消えてるのが見えたのでと、お廊下の途中で引き返し、
再び勝手口の外へ出てみれば、

 「……やられた。」

ペールに入れなかった、ちょい置きで放置したのも悪いとはいえ、
だって本当に本当にちょっとの間だったのに。
よく、ほんの2、3分ほど目を離しただけというの
実際に測ったら10分はあったぞなんて話はザラですが、
今回は本当に、
玄関までならいざ知らず、
洗濯機のある洗面所の勝手口からダイニングまでという往復だったし、
時計代わりとそれから、
直前のわんこのコーナー目当てに点けていたテレビの、
ラストにある早口な占いコーナー分…未満だったのに。

 「素早いなぁ。」

燃えるゴミとプリントされた、
都条例指定タイプ、スモークカラーのゴミ袋は、
見るも無残に引き千切られており。
昨夜のメインメニューだったタチウオの骨や、
甘口ケチャップ煮にした手羽の骨。
マカロニサラダへ使ったハムの、
ボウルに居残ってたそれだろう欠片に、
タマネギのへたやニンジンの皮などなどが。
そっちは生ゴミだからと
チラシにくるんで別包装したはずなのに
きっちりと外へ引き摺り出されていた素早さよ。

 「そういう時期なんだから しょうがないのかなぁ。」

すぐ傍らのペールの方は方で、
蓋こそ留め具でしっかと閉まったままだけれど。
ビニール袋が縁の外へはみ出してた部分は、さんざんに引き裂かれていて、
どうにかして開かないかと、奮闘したらしい跡がまざまざと。
これって口を縛れるのかなぁ、長さが足りないかもしれないなぁと、
無法者の大暴れへと、吐息をつきつつ、
だがだが、こんな無体をされたのに、
次の刹那にはもう、
しょうがないなぁという苦笑へと
塗り変わっておいでの七郎次であり。

 「必死だったんじゃあ仕方がないかな。」

コンクリートのポーチに残った足跡から、
猫の仕業なのはありありしており。
野良の通りすがりがやらかしたに違いない。
ここいらはお屋敷が多いので、面積当たりの戸数が少なく、
住宅密集地に比べると、なかなかエサにもありつけないのかも知れぬ。

 「にぃ。」
 「おや、クロじゃないか。」

リビングの掃き出し窓は開けていたから、
そこから ぴょいと出て来たものか。
当家の小さな黒猫さんが、
まだ何とか緑の芝草を
小さな小さなあんよでわしわし踏みしめ、
勝手口まで伸して来ておいでで。

  どうしたの? お腹すいたのかな?
  みぃにぃvv

愛らしい声でのお返事も可愛らしく、
そうだよと聞こえそうな応対と共に、
ちょことこ、跳ねるような大急ぎの足取りで、
すぐの傍までを駆け寄ってくると。
しゃがみこんでた七郎次の足元へ、
小さな頭をすーりすーりと、
匂いつけの練習でもしているかのように、
ゆっくりと擦りつけてくるものだから。

 「あれまあvv 頭スリスリしてくれるのかい?」

寸の足らない仔猫ならではな、
大人の真似っこを思わせる、
可愛らしい仕草と仄かな温みにほだされたのか。

 「か〜わいいなぁvv」

緋色の口元を甘くほころばせると、
小さな頭をすっぽりと
手の中へくるみ込むようにして
いい子いい子と撫で返してやってから、

 「さあ、それじゃあ ご飯にしようね。」
 「みゃvv」

そおと宝物みたいに、
両手がかりで優しくクロちゃんを持ち上げた七郎次。
両手塞がりのまま、お膝を一旦ついてのそれから、
すっくと立ち上がってバランス感覚のよさを発揮し、

  今朝のごはんは
  ベーコンエッグと 作りたてのしらすふりかけと。
  おみそ汁の具は、キャベツの細切りと、
  昨日の鷄の残りで作ったつくね団子だよ?

  みゃうにぃvv

愛らしい我が子へ…と、愛しい君へになら、
朝一番からの手間暇だって、
何ら惜しくはないらしいおっ母様。
お腹いっぱい食べてくださいねと、
ご機嫌な様子で家の中へと戻っていったのでありました。




     ◇◇



ここいらは古くからの住宅街で、しかも一戸建てが多い。
集合住宅も全く無いではないけれど、
最寄りの駅へ直通の大通りに面した坂の下だとか、
はたまた全く逆に、
昔は竹やぶだったところが、向こう側から開拓されたらしく、
結果、幹線道路に接して使い勝手がよくなったんでと、
独身者向けのワンルームマンションが建ってたよなんて。
隣り町の話みたいに他所扱いで取り沙汰されるほど、
住人たちの顔触れも固定されている観があり。
閑静なとは本当に静かなところのことをいうのだと、
それへ身をもって納得出来るほど、
人通りも車どおりも一日通しても ごくごくと少ない。

 だがだが

そんな“お屋敷町”にも、
結構なにぎわいが運ばれる頃合いがあって。

 「………。」

かささと葉擦れの音がして、隣の家のユキヤナギの茂みがかすかに揺れる。
夜陰の物陰という黒々とした中を、なお黒い影が翔っていって、
しばらくすると、ちょっぴり甘い“ふなぁ〜ぉ”なんてな声やら、
爪でコンクリの上を駆ける擦過音やらが折り重なり、
その頂点だろう間合いで
“ふぎゃあっ、きしゃあっ”と勇ましい雄叫びが弾ける、
そんな晩が延々と続く日々がこの秋もやって来た。

 《 七郎次様が呆れてらしたが、
   ゴミ漁りが増える時期でもあるそうだの。》

 《 縄張り…。》

 《 そうそう。
   遠出した者が、誰の縄張りかも知らずに飯を食うものだから、
   いつにない大胆な奴が派手に散らかしてくようだが。》

島田さんチの和洋折衷なお屋敷の屋根には、
只今、人には判らぬ気配の陣幕が張られているので、
アバンチュールに徘徊中の猫どもも、中へまでは寄り付けないが。
それ以外のあちこちでは、
愛の交歓とやらや、その資格を得るための争奪戦が、
今宵もにぎやかに繰り広げられており。
そして、そういう賑わいとは全く関係のない存在ながら、
昼間の仮の姿が関係するのか、しきりとこちらを伺う気配もちらほらと。

 “それがチリチリと障って落ち着けぬのだろうか。”

陽のあるうちの彼らの姿は、
片や、綿毛のような茶色の毛並みのメインクーン、
そしてもう片やは、ビロウドのような毛並みの黒い仔猫。
双方ともに幼い姿だからか、それと雄だからか、
特に結界を張らずとも、他の猫からのちょっかいかけなぞないものが。
宵となった今は、
大人ですという技量や風貌に、猫の残り香が重なってのことか、
妙に秋波が届くのが…判りやすいといや判りやすいのかも?

 《 ………。》

昼の間はやんちゃ坊主なメインクーンちゃんとして、
いつも通りにお元気に駆け回り、
悪戯もたんとして七郎次から追い回されもしつつ、
無邪気に遊んでいたはずが。
陽も落ちてのおやすみと寝かしつけられて、
こちらの姿へ戻るや否や。
クロへと式の姿になるよう無言でねだったその上で、
ぱふりとお背(おせな)へ埋まると
どこか不貞腐れたように、
やはり無言で“眠いぞ”という憤懣を主張中。
せっかく涼しい夜長だってのにと、
言いたいことは たんとお有りらしかったが…とりあえず、

 《 まま、1月もないことだ。》
 《 〜〜〜〜(憤)》

かわいらしい生き物が懐いてくるだけと、
そうと断じてしまえばいいのに。
気配に聡いのが徒(あだ)になってる大妖狩り様。
日頃は捨て置く小動物の気配だろうにと思えば、
だってのに無視出来ないなんて、
サカリのエナジー恐るべし。(こらこら)

  十五夜までは続きそうな甘い夜です。
  いっそ愛しいお人と過ごしてはいかが…?


 《 ………。》
 《 言っておくが、七郎次様は無理だぞ?》
 《 〜〜〜〜。》




   〜どさくさ・どっとはらい〜 12.09.26.


  *冒頭のごみ箱荒らしの話はほぼ実話です。
   春と秋は、ごみ箱巡ってお猫様との攻防戦です。
   これがまた、この秋の手合いは頭がいいのか力持ちなのか、
   留め具も外すしチリトリを乗っけてても叩き落とすしで、
   満水の2リットルペットボトルを2本ずつ乗せたところ、
   さすがにこれへは歯が立たなかったらしいのですが、
   せめてもの八つ当たりか、
   ビニール袋のはみ出してた部分をずたずたにしてくれました。
   てーいっ おばちゃんは負けへんでー!

  *それはともかく。
   猫の雄って、本来 年中いつでも発情出来る仕組みにあるそうですね。
   一方の雌の方は、その気になるのが盛りの時期だけ。
   その折に独特のふぇろもんを出すので、
   それに刺激されて男の子たちは頑張るのだそうです。
   どっちにしたって、
   こちらさんの二匹には全く関係ない話ですが。(苦笑)

   「それはそうと、昼の間も結界は張れぬのか?」

   《 無理。》
   《 久蔵殿は月夜見の眷属、
     そして私は、持続性の咒までは無理だ、主よ。》

   「さようか。」

   なに、七郎次がな、
   そんなに腹を空かした猫が徘徊しておるならと、
   えさ皿を表へ置き兼ねぬのでな…って、

   勘兵衛様、野良への無責任な餌付けはいけませんぜ。…。

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